ゆっくり村ブログ

赤米 販売開始!

11月 26th, 2006

赤村で赤米。
育ちました。収穫祭の時には皆で手刈り。
3畝で60キロ弱です。
この赤米の販売を開始しました。
白米や玄米に10縲鰀30%(だいぶ幅がありますが、お好みで)混ぜていただいて
ご飯を炊いてください。
しっとり、モチモチ、美味しい「赤ご飯」が出来上がります。
ミネラル、ビタミン、たんぱく質が豊富らしく、美容と健康に良さそうです。

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この赤米はスローウェブショップ膳(Zen)にて取扱をしています。
赤村の特産物センターにも品物を出しています。

ぜひ、古代からの味をお愉しみください♪

こぼれダネのその後は高菜漬け

11月 26th, 2006

以前、こぼれダネのことを書きました。
おそらく前作の高菜だと思っていたのですが、はやり高菜でした。
けっこうデカクなってきたので、加工所のばーちゃんに「でかくなってきたよ」と言うと
「今から収穫して、夕方から漬けなさい」と。

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というわけで、高菜漬けにチャレンジ。
高菜は「野生化しとるんじゃろね」と言われるように荒々しく、野生味があります。
茎のところがトゲトゲしくなっていたり。

「荒塩があるばい」ということで、天然塩荒塩にて高菜漬けの仕込み。
ゴリゴリ
バリバリ
荒塩を振りかけながら高菜をもんでいく。
「何も関心を持たずにやってもツマランバイ。
ちゃんと、どのぐらいの塩を使ったら、どういった味になったか感覚で覚えるんバイ」とばーちゃん。

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何となく、分かったような分からんような。
「売り先はナンボでもあるから、せっせと漬物つくったら良いバイ」と。
加工品にしてしまえば、無農薬で育てた虫食いだらけの野菜も良い値で販売が出来る。
けっこう、可能性がありそうだなぁ。
その前に、味がどうかだね。

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                  白菜漬けも習いました。
        
しっかり、一枚一枚に塩を刷り込むことがポイント。
 

空き家のその後

11月 22nd, 2006

空き家が確保できるかどうか、過大な期待はせずに指定された2日後に空き家に寄ってみる。数名が家具や要らない小物類を整理して、庭で燃やしている。家主の女性に会うと「今朝聞いたばかりだからねぇ。私も心の準備が出来ていなくて」と言いつつ、家を案内してくれる。
築50年、一見古民家。お世辞にも「きれいな家ですねぇ」とは言えない状態。すぐに入って住めるような状態でもない。

風呂は半分朽ち果てている五右衛門風呂。水は井戸水(相当浅い井戸)。玄関の扉はヨレヨレ。畳もヨレヨレ。かなり良い具合に痛んでいる!そして、何年も人が住んでいなかったからか、生活感は全く無く何だか重い空気が漂っている。
けれども、キャンプ暮らしよりははるかにマシなので、「へ縲怐Aへ縲怐Aほ縲怐vと家主の話に相槌を打ちながらとにかく聞きに徹する。ボロくて痛んでいるところを見せられても「まあ、自分たちで直します」何て答える。
視点を変えて見れば、古民家、和室、井戸水利用、カマド利用、五右衛門風呂、ボットン便所、とテーマパーク並みの家屋だ。

「こんなボロ屋で良ければ、貸すのは貸しますよ。契約云々は今すぐには良く分からないから、また連絡します」と言ってくれ、電車の時間があるからと慌しく去っていった。
念願の空き家確保!後は条件。集落の知人に報告に行くと「東京の人じゃからなぁ。あんな家で家賃を取るんじゃなかろうかねぇ。あんなボロ屋、こっちが金をもらって住んだ方が良いぐらいだ。う縲怩゙、東京に戻って親族に相談したりしたら厄介だなぁ」と。
ところが、そんな心配は正に杞憂でした。東京出張時に時間を作って会って話をしてみると「家賃は要りません。けれどもねぇ、家の外壁に派手な落書きをしたり、色を塗ったりだとか、そういうことをもしされたら困るなぁと。。。」と。拍子抜けとはこういうことかな、「そんなことセンセン」。畑を見苦しくしないこと、外回りをキレイにしておくこと、などを条件に契約成立。
というわけで家賃タダ、庭には畑付き、ユズも4本、梅もある、日当たり良好、どん詰まりの集落、周囲は非常に静か、そろいも揃った条件の空き家をゲットしました。これから、ここを人が住めるように整備して、「ゆっくり村」プロジェクトの拠点に育てていきます。まずは、家財道具を村の人に頼んで調達中。火鉢2個、畳14枚、井戸用ポンプ、洗濯機、冷蔵庫、ガス台、テーブル、煙突本体も入手しました。

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ヨレヨレフニャフニュだった畳を取り替えました。もらい物ですが。

12月以降、寒さを覚悟の上で赤村に滞在しに来てください。古民家が待っています。
家に、何か、名前でも付けようかな。。。「ゆっくり庵」?

 

空き家確保か?

11月 21st, 2006

「空き家なんてすぐに見つかるさ」と、赤村に入る当初は軽く考えていた。一般的に農山村では空き家がたくさんあり、田舎暮らしをしたい人はそういった物件に住むと勝手に思い込んでいた。さらに、農山村を仕事で回った経験から、村の人との関係性をしっかりと作れば問題ないはずだとも思っていた。

がしかし、赤村での空き屋探しは難航を極めた。確かに空き家になっているところは多いのだ。人が住んで風を通さなければ「ツマラン」、どんどん傷んでいく。持ち主もそれを知っている。が、「兄弟の合意が取れない」「子どもが仕事を辞めたら帰ってくると言っている」「仏壇や荷物があるからなぁ」「知り合いにしか貸さない」などなどの断り文句のオンパレード。加工所のばあちゃんには11件にアタックしてもらって全部ダメ。盆明けには確実だろう、と言われていたこじんまりとした物件は「赤村の人が買ったらしい。ボロ屋を崩して、別の用途に使うらしい」と。

8月以降は、ほぼ諦め状態。こうなったら、「家を建てよう」という計画まで立ち上がったが、土地の問題でそう早くは建てられない。今居る住居も年内で撤退の予定。となると、僕は冗談じゃなくてキャンプ生活に入ることになるかもしれない。

「何とかなるさ」と思いつつ、ど縲怩ノもならねぇなぁ、と思っていた10月1日。「地元学事始」というイベントを後山という集落で行った。集落の人との交流の中で、何気なく「ごとー君が家を探しているんですよぉ」なんて話になった。その話にFさんが反応。「一軒空いとるバイ。家主がこっちにちょうど戻ってきちょるけん、聞いとこーかねー。こんなボロ屋でも借りてくれる人がいるかしら、って言ってたから」と。かなり可能性がある話しではないか!と思いながら、何度も期待を裏切られてきているので過剰な期待は禁物だ。
周囲からは「あんな家は住み切れん。シロアリが床下をボコボコにしとるバイ。あんたのような東京モンが住めるような家じゃなか」などなど、良くある「止めときなさい忠告」。
しかし、ここで引き下がっては終わりだ。「いやいや、雨風がしのげれば十分。今居るところは年内で出る予定だから、そうなったら下手すりゃキャンプ生活になるんよ。不都合がるところは、自分たちで手を入れて直しながら住むから大丈夫」と押す。こういう時は、勢いあるのみ。
勢いのかいあってか「2日後に家主が家の片付けに来るけん、その時あんたも来たら良いバイ。電話しとっちゃるけん」ということになった。

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キャンプ生活突入か念願の空き家確保か?
つづく>>

赤村でGNHを考える

11月 15th, 2006

おそらく、ブータンの人が赤村を訪れたのは初だろう。ジグメ・ドゥッパさんがナマケモノ倶楽部のGNHキャンペーンの一環で赤村に来てくれた。受け入れは、スローカフェ・クリキンディ。
平日の18時スタートのイベント。4日ほど前まで予約は20名程度。「スタッフ入れて30人いくかいかないかかなぁ」と思っていたが、あれよあれよという間に当日の昼にかけて駆け込み予約が増大した。そして、スタッフ含めて50名以上が会場でGNHの話とブータンの音楽を聴くことになった。

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ジグメさんはブータン東部の出身。6年間ノルウェーにて音楽の研究をし、現在は王立音楽芸術アカデミーの副校長などを務めている。会って話をしていて感じるのは、とっても気さくで、明るくウィットに富んだ人物だということ。それでいて真剣。このバランスが面白い。
GNHとはGross National Happiness=国民総幸福度のこと。1972年にブータンの4代目の王様が「これからは、GNPよりも、GNHが大切だ。物質的な豊かさや発展よりも、精神的な充足や発展の方をブータンは選択する」と宣言した。
ブータンは人口75万人の小国。国土の72%が森林だが、GNH的な観点からその内42縲鰀6%が国立公園として保護され、伐採は許されていない。
こういった意識と仕組みが成立するには何が必要なのだろうか?ジグメさんの話では「belief」があるということだという。「私たちの文化の中では全ての生き物が神聖なのです。人間も、木々も、魚も、鳥も、虫でさえ神聖なのです。神聖な生き物に対して、尊敬の念を持つ、リスペクトすることが大切なのです。」
しかし、現実の世界では「発展」という名の下に、自然破壊や生物の絶滅といったことが発生している。「これまで、物質的な豊かさや発展、科学技術の進歩といったものを追い求めて来ました。より早く、より強く、より大きく、よりもっと。ですが、その先に残ったものはなんでしょうか?大量のプラスティック製品、パック詰めの食事、毎年モデルチェンジをする車などなど。でも、それって本当に必要なのでしょうか?そろそろ私たちはそれには限界があるということに気がつかなければいけないのです。そして、物質的な発展ではなく、より精神的な発展の方向性に向かっていく決断をしなければいけません。」
「こんな話があります。日本人や欧米人は時計を作ったり、それを所有することが出来るが、時間がない。ブータン人は時計を作ったり、所有することが出来ないが、たくさんの時間を持っている、と。非常に効率的な日本人は電車の中でつり革につかまりながら眠っていました。私はこの光景に非常にショックを覚えたんです。彼らには時間がない。どちらがより幸福なのか、私たちは考える必要があります。」
「人口75万人の小国ブータンがGNHを必死に唱えていても限界があります。私たちは自分たちの考え方や実践してきたことをぜひとも日本の方々と共有したいのです。そして、1億2千万人以上いる日本の方々にもGNHを唱え、実践して欲しいと思っています。そのためにできる協力はいくらでもしたいと思っています。」
「GNHを数値で測ることは困難なのですが、それを試みる指標が4つあります。一つ目は、『持続可能でバランスの取れた社会経済的発展(sustainable and equitable socio economic development)』です。首都なら首都だけが発展するというのではなく、さまざまな地域が共に発展するということを意味しています。もちろん、持続可能な形でなおかつ精神的な充足の発展も含まれて居ます。二つ目は『環境の保全(conservation of the environment)』です。神聖な生き物たちの生息環境を保全する必要があります。三つ目は『文化の保護と促進(preservation and promotion of culture)』です。ブータンを旅行する人は、ミニスカートやタンクトップで町を闊歩することは許されません。四つ目は『良き統治(good governance)』です。為政者たるものは、全ての人民のことを考え政治をする必要があります。」
こういった話をしてくれた後に、6曲ほどブータンの音楽と歌を披露してくれた。 
 
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当日、ジグメさんはノリにノッていて、東京のイベントなどでは披露しなかった「特別な曲」もやってくれた。「この空間に居ると、自分の故郷の村にいるようなリラックスした雰囲気になるんです。ちょうどこの50人ぐらいの人数で、おじいちゃんおばあちゃんから、子連れの母親、青年たちがいて、何だかとっても幸福な気分です」と。
音楽は日本の浪曲にも似ているところがあるが、独特の倍音に近い声、ブータンの三味線ですと紹介されたドラニェンという楽器の音、固定されたリズムがなくその時の雰囲気と気分で演奏が変わる瞑想的な音楽観、自然や神、幸福を表現した歌など本当に多様な世界を僕らに聴かせてくれた。
お客さんにも満足してもらえたようで、準備していたジグメさんのCDはほぼ完売状態。話も良かった、という反応も多々いただきました。
ジグメさんは赤村を相当気に入ってくれた様子でした。「おお、ブータンにいるようだ。このデコボコ道はブータンにそっくり。山もきれいですねぇ。ブータンなら山の向こうで牛追いをしている友人に叫んで挨拶するんだよ」などなど終始ご機嫌な様子でした。
翌日の朝食は特産物センターにて加工所のかーちゃんたちにご馳走してもらいました。「これぞ、スローフード、スロービジネス」と絶賛。焼きたてパンや干し柿など沢山お土産ももらって、赤村の人々に感謝していました。「ここで嫁さんを探そうかなぁ」なんて、冗談半分につぶやいていました。ジグメさん、また赤村においでくださいね。

 

ダイズのその後

11月 9th, 2006

かなり期待をして育ちを見守ってきたダイズでしたが。。。

どうやら、ダメなようです。

実が入っていない。

原因は、2度の台風で倒されたことか、前作の肥料が残っていたことか、蒔く時期が良くなかったのか、愛情不足か、ちと分かりませんが、とにかくほとんど収穫は出来ない状態です。
いやぁ、マイッタ。

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さやは付いているのだが、実がまったく入っていない。
しかし、なんですな。
これを大規模やっていて生活かかってたらシャレになりませんね。
「農家は厳しい」という聞き飽きたせりふもちょっと違って聞こえるのでありました。
 ああ、納豆、豆腐、味噌などなどに加工しようと思っていたのになぁ。来作こそは!

ゆっくり村 収穫祭 報告

11月 1st, 2006

去る10月22日に赤村・ゆっくり村収穫祭をしました。
皆で、手植えした3畝ほどの田んぼで赤米を手刈り。
赤米を手植えする時には、1本植えを大胆にも敢行。
「稲の根っこと根っこがケンカしないから、良いんです」と言っては見たものの
実はドキドキだった。
そんな心配も何のその、赤米はグングン育ち、二度の台風にも負けず、立派な穂をつけていました。

大人8名、子ども6名ほどでザクザク稲を刈っていく。
一粒の種籾(たねもみ)が、一本の苗になり、それが分株して1000粒近いお米が取れる。赤米は古代米なのでちょっと事情が違うようだが、それにしてもかなりの量に増える。自然の与える豊穣の力ってのはすごいものだ。
それをいただいて命をつなぐ僕ら。

今回も田植えに続いて、子どもたちが大活躍。
黙々と鎌を扱い、稲を刈っていってくれます。

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ああだこうだと指導しなくても、
自分なりにやりながらコツをつかんでいくもんですね。

 

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3畝を刈り終えたところで、コンバインに登場してもらい
脱穀をしてもらう。
巨大なコンバインがガンガン稲穂を吸い込み、稲藁を排出していく。
「カラダがチクチクする縲怐vと叫びながらの作業。

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ものの30分ぐらいで脱穀終了。
大量の稲藁の中には、まだ脱穀されていない赤米たちが残っていました。
「立っている状態で刈り取る機械だから、刈ったものをこうして脱穀するとどうしてもロスが出るんですよ」と機械を動かしてくれたTさん。
「全て手作業でやろうか」との案もあったが、ナカナカ難しそうですね。

何はともあれ、1.5俵ぐらいにはなりそうだ。
この赤米、ご飯を炊くときに小さじ一杯ぐらいを混ぜて炊くとモチモチして美味しくなります。赤米、現在乾燥中です。

稲刈りの後は、特製ダゴ汁と参加者の皆さんの持ち寄り料理で会食。
美味しいものがありすぎて、食べすぎました。。。

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芋掘りもオプションで考えていたのですが、さすがにそこまでは時間と手が回りませんでした。

とても、愉しい収穫イベントでした。
参加してくれた皆さん、どうもありがとう。
来年も赤米育てましょう。

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