いのちの食べ方を考える トリ絞め編
先日、ゆっくり大豆の会で
「いのちの食べ方を考える」という企画を打ちました。
豊津の進農園さんと連携してやってみました。
受け入れ農家の進さんに「大人が22名集います」と伝えると
「ほぉ〜、すごい人数やね。なんなんだぁ?」とビックリされていました。
トリを絞めて、そのいのちと肉をいただく、ということ。
これだけ関心が高いのか、と主催側でもビックリ。
今回いただいたトリさんたちは、進さんのところで卵を産み続けてくれたニワトリさんでした。
3年経って、卵の産みが悪くなったいわゆる「廃鶏」。
9羽ぐらいいたので、「先にさばき始めますね」とミツヨシさん(進農園の後継者)。
ミツさんが進めているうちに、周囲に参加者が集まり、
いつのまにか、イベントスタート。
トリを羽交い締め(ハガイジメ)にして、
人間で言う頸動脈をスッパリ切ります。
「苦しまないように、スパッと切っちゃってください。
切ったら、首を下に向けて血を抜きます。
落ちる(死に至る)前にバタバタと暴れますから気をつけてくださいね」と。

参加者の皆さんは、ちょっと無口になりつつ、
それぞれがそれぞれの感性でいのちと向き合っていました。
当初は、「見てるだけにしよう」と思っていた参加者も
「他に絞める人はいますか?」という問い掛けに応じて、
トリを絞めることを選んだ方もいました。
絞めた後は、お湯にどっぷり浸けて、毛をむしりやすくします。
絞めた後にすぐこの作業をすることがポイントだそうです。
時間が経ってしまうと、硬直が始まり、毛を取りにくくなるとのこと。

毛がむしられると、いつも店頭で見る「鶏肉」に近くなります。
その後、ミツヨシさんの指導のもとで
トリの解体作業も行いました。
ササミ、
シンゾウ、
スナズリ、
レバー(カンゾウ)、
クビなどなど、焼き鳥屋さんではなじみのある部位。
それを1羽ずつ解体して分けていきます。

「手羽先好きなので、10個とか食べちゃうけど、5羽分なんだよねぇ」
なんてつぶやきも。
ゆっくり大豆の会恒例の食事会。
前日から仕込んでいただいた、「カモおこわ」
「みんなで絞めたトリの炭火焼き」
「みなさんの持ち寄り料理」で宴会です。
感想をぐるりと回したのですが、まだ言葉にならない表現、
いのちをいただくということに直面した言葉など
この企画ならではの声が共有されました。
「絞めるつもりで来たけども、どうしても出来なかった。
でも、いのちに向き合おうと思って来たので、解体だけはさせてもらいました」
「トリを絞めて可愛そうという声もあるかもしれないけれども、
普段僕らが食べている野菜もいのちなんですよね。
そのいのちをいただいて、いのちをつなぐということ。改めて感じました」

「初めてトリを絞めるということをしたのですが、まだ言葉になりません。
でも、目の前にあるお肉を感謝しておいしくいただきたいと思います」
などなど。
進さんからは、
「あんねぇ、野菜もカモもいのちなんよ。
そのいのちがなからなぁ、わしらのいのちもないんじゃ!」と。
「トリインフルエンザもなぁ、あんな狭い鶏舎にトリを詰め込んで飼っとることが問題なんよ。あんないのちの扱い方があるかい。」
といったコメントももらいました。

僕らは食べなければいきていけません。
そして、野菜もお肉もお米も食べるものは「いのち」です。
そのいのちをいただいて、いのちをつなぐ。
「いのちがなければ、いのちはない」ということ。
それぞれの参加者が、圧倒的な体験の前で
いろいろなことを感じ考えたゆっくり大豆の会でした。
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