地元に学ぶ地元学 報告
夏に東京に出た時に、仲間と話していて地元学を実施することが決まった。
僕は、以前の仕事で方々の農山村で地元学的なことをやっていたが、赤村に定住するとなると身動きが逆に取り辛く、なかなか思い切ったことができていなかった。
が、その友人と話をしていて「地元学をやってみても良いんじゃないの?集落を歩きながら、そこの良いものを探していく。それほど難しくないよ」「良いですね、やりましょうか」ってな感じでソコソコ軽いノリから企画がスタート。
僕が選んだ集落は赤村ほたるの会でもお世話になっている三浦さんが住む「後山(うしろやま)」というどん詰まりの集落。地域で炭焼きをやったりと元気が良い集落だ。人とのつながりも多少あるので、後山に決めた。
事前の打ち合わせに行くと企画をしている日が集落総出の草刈の日だという。「地元の旬の食材を利用したお昼ご飯を作って欲しい」と話をするも「ちょっと難しい」という反応だった。が、話をしているうちに「そういやぁ、ちょうどイノシシがあるね。ムカゴご飯とシシ鍋ぐらいなら作れるよ」ということになった。あくまでも簡単で良いですよ、あまり「おもてなし料理」ではなく「普段の料理で良いですよ」とお願いすることに。
当日はスロービジネススクールの学生が僕を含めて6名参加した。東京からファシリテーターを含め2名、北九州、博多、星野村など方々から集まってくれた。
村のかーちゃんたちの指導を受けながらオニギリ作り。
「普段の食」と言いつつも、かなり豪勢な食事が集会場を埋める。「今の時期はわりぃよ。春先なら山菜やらいろいろあるのに」と言いつつも、栗ご飯、芋茎(ズイキ)の煮物、シシ鍋、シシの肝(レバー)、芋まんじゅうと高菜まんじゅう、カボチャコロッケ、ミョウガ・キュウリ・ラッキョウ・穂ジソのサラダなどを振舞ってくれた。

豪華な食事
3日前からなんやかんやと準備をしてくれたという。「後山は長年こういった交流事業をやっていたからね、慣れちょるんよ。でも、4年ぶりぐらいかね、久々で愉しかね」何て言っくれる。こりゃ、申し訳ないなぁ、と思うぐらいのご馳走。そして、それらがイチイチ美味しい。参加者は相当たくさん食べました。
食事の後は、集落を実際に歩くことに。集会場ではちょっと緊張していたのか、あるいは面倒くさそうな様子だった集落のじいちゃん達は歩き始めるとガゼン元気になり饒舌になる。

岩盤からしみ出てくる「後山観音水」があること(飲むには適さない)。昔集落が共有していた「神田(かみだ)」という田んぼがあったこと。その田には今は、ユズが植わっていること。昔は冬の仕事と言えば炭焼きと縄ないだったため、山の方には古い炭窯がいくつもあること。雑木が丁寧に活用されていたこと。「おこもり」という行事がしょっちゅうあり、それに合わせて酒やご馳走を愉しんでいたこと。コウカの木(ネムの木)の花が咲いている間に小豆を蒔くのが良いこと。イノシシがだいぶ田畑を荒らすようになってきたこと。シイタケ原木にしたいクヌギの木に都会から来たものが傷をつけてカブトムシを呼び寄せようとすること。後山にある大きな岩は昔半分に割れて、その岩で石垣を作ったところもあること。昔に比べれば相当の面積の田んぼが放棄されていること、などなど。
ぐるっと集落を回っただけで、いろいろなことが聞けた。

集会場に戻り、先ほど歩きながら撮った写真を見ながら振り返る。これがナカナカ好評で「よく撮れちょるねぇ」「ほ縲怐Aこうして見ると後山も大したもんやね」なんて感想が出ていた。
やはり、現場を歩くということの威力は大きい。土の人(地元の人)と風の人(他所からの人)とが一緒に歩くことで普段見えていないものが見えてきたり、違ったふうに見えてきたり。参加者はたくさんのお土産をもらって帰ることになった。
赤村地元学じっくり丁寧に時間をかけて継続していきたい。
TrackBack URL :
Comments (0)